剣法発祥の地 鵜戸神宮NEW 

来月開催予定の東京オリンピックの種目に残念ながらフェンシングはある一方で、剣道はありませんが、剣道とフェンシングに共通するのは間合いの大切さだということです。

皆さんは鵜戸神宮が「剣法発祥の地」だとご存知でしょうか?
鵜戸神宮の駐車場脇の参道入口に「剣法発祥乃聖地」と刻まれた高さ2~3mほどの石碑が建っています。


鵜戸神宮は,南北朝時代から室町時代にかけて日本最初の剣豪といわれた念阿弥慈恩(ねんあみ じおん、俗名、相馬四郎、1350 - 没年不詳)が剣法“念流”を,また室町・戦国時代には愛州久忠(あいす ひさただ、1452 – 1538)が剣法“陰流”を,いずれもこの地において創始したと伝えられ,このため、鵜戸神宮は“剣法発祥の聖地”と呼ばれます。

相馬四郎は奥州相馬(福島県南相馬市)で生まれ,一遍上人の許しを受けて仏門に入りましたが, 5歳の時に殺された父の仇を討ちたい一念で 独自に剣術の修業をはじめました。 諸国を行脚した後に鵜戸神宮の岩屋に籠もり,夢で剣術の妙を得たとされます。これが“念流”の誕生です。 相馬四郎はその後還俗して故郷に戻り 父の仇討ちを成就したといわれます。


また 伊勢国(現在の三重県)の愛洲久忠は,幼い頃から天才的な剣士として知られていました。 武者修行のため諸国を巡り 京都で住吉流の剣士と試合をして敗北。
36歳の時に 日向の鵜戸神宮にたどり着き,太平洋の荒波が形成した洞窟の神殿に籠もり, 剣法の奥義を悟ったとされます。これが“陰流”の誕生です。


念流・陰流とも,その後さまざまな流派に受け継がれています。